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【13寺社】大徳寺の本坊・塔頭と周辺寺社の御朱印まとめ

大徳寺塔頭の御朱印

こんにちは、nobo@nobo_kyoto)です。

この記事では、京都市北区にある臨済宗大徳寺派大本山「大徳寺」の本坊と塔頭、周辺の寺社の御朱印をご紹介いたします。

各寺社の詳しい情報については、個別の詳細記事をご覧ください!
みなさんの御朱印巡りの参考になれば幸いです!

常時公開の「高桐院」は、まだ参拝出来ていないので掲載していません。

大徳寺本坊の御朱印

通常非公開

大徳寺は正和4年(1315)、武将・赤松則村の帰依を受けた臨済宗の僧「宗峰妙超しゅうほうみょうちょう」が、紫野に小院を建立したのが起こり。

本坊は通常非公開ですが、御朱印は宗務本所でいつでも頂けます

大徳寺塔頭の御朱印

住所
京都市北区紫野大徳寺53
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/daitokuji/

大徳寺塔頭の御朱印①:龍源院

常時公開

龍源院りょうげんいんは文亀2年(1502)、大徳寺・東渓宗牧禅師を開祖とし、能登の「畠山義元」・豊後の「大友義長」・周防の「大内義興」ら、3人の守護の協力によって創建。

枯山水・苔庭・日本最小の壺庭など、色々な庭園を楽しむことが出来ます。

大徳寺塔頭の御朱印

住所
京都市北区紫野大徳寺町82-1
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/ryogenin/



大徳寺塔頭の御朱印②:瑞峯院

常時公開

瑞峯院ずいほういんは天文4年(1535)、九州・豊後の領主であり、キリシタン大名として知られる「大友宗麟おおともそうりん」によって創建。

方丈の後ろには、大友宗麟に因んで作庭された十字架形の「閑眠庭」があります。

大徳寺塔頭の御朱印

住所
京都市北区紫野大徳寺町81
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/zuihoin/

大徳寺塔頭の御朱印③:大仙院

常時公開

大仙院だいせんいんは永正6年(1509)、近江国の六角政頼が、息子・古岳宗亘こがくそうこう(大徳寺76世)を開山として創建。

方丈(本堂)は国宝、庭園は国の特別名勝に指定されています。
なお、受付から先は撮影禁止です。

大徳寺塔頭の御朱印

住所
京都市北区紫野大徳寺町54-1
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/daisenin/

大徳寺塔頭の御朱印④:総見院

通常非公開

総見院そうけんいんは天正11年(1583)、本能寺の変で命を落とした織田信長の一周忌に合わせ、豊臣秀吉が「信長の菩提寺」として創建。

堂内には、生前の信長と会ったことがある仏師・康清こうせい作の織田信長木造が安置されています。

大徳寺塔頭の御朱印

住所
京都市北区紫野大徳寺町59
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/sokenin/
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大徳寺塔頭の御朱印⑤:真珠庵

通常非公開

真珠庵しんじゅあんは延徳3年(1491)、堺の豪商・尾和宗臨が、一休宗純(一休さん)の塔所として創建。

曽我蛇足や長谷川等伯などの襖絵を多数所蔵。
御朱印の字の迫力が凄くてお気に入りです。

大徳寺塔頭の御朱印

住所
京都市北区紫野大徳寺町52
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/shinjuan/



大徳寺塔頭の御朱印⑥:黄梅院

通常非公開

黄梅院おうばいいんは永禄5年(1562)、織田信長が初めて上洛した際、父・信秀の追善菩提のために建立した庵居「黄梅庵」が起こり。

黄梅院は紅葉の隠れスポットで、緑・黄色・赤のグラデーションが鮮やかな紅葉が楽しめます。

京都市北区の黄梅院

黄梅院では、御朱印を受ける人にあった言葉をご住職が選び、御朱印帳に直書きしてもらえます

私の御朱印は、中国古典が出典の「呑舟魚 不遊支流」でした。

京都市北区の黄梅院の御朱印

住所
京都市北区紫野大徳寺町83-1
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/oubaiin/

大徳寺塔頭の御朱印⑦:聚光院

通常非公開

聚光院じゅこういんは永禄9年(1566)、畿内の戦国武将・三好長慶みよしながよしの菩提を弔うため、子の吉継よしつぐが創建。

茶人・千利休の菩提寺で、狩野永徳作の「四季花鳥図(国宝)」など、複数の障壁画を所蔵しています。

大徳寺塔頭の御朱印

住所
京都市北区紫野大徳寺町58
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/jukoin/



大徳寺塔頭の御朱印⑧:興臨院

通常非公開

興臨院こうりんいんは大永年間(1521年〜1528)、能登の武将・畠山義総はたけやまよしふさが、大徳寺86世・小渓紹怤しょうけいじょうふを開山に迎えて創建。
※諸説あり

枯山水庭園や紅葉を楽しむことが出来ます。
境内の撮影OK。

大徳寺塔頭の御朱印

住所
京都市北区紫野大徳寺町80
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/korinin/

大徳寺塔頭の御朱印⑨:大光院

通常非公開

大光院だいこういんは文禄元年(1592)、豊臣秀吉の弟・秀長の菩提を弔うため、古渓宗陳こけいそうちんが奈良の大和郡山に創建。

2022年の京の冬の旅で初めて公開されたお寺で、狩野探幽作の「雲龍画」などを所蔵しています。

大徳寺塔頭の御朱印

住所
京都市北区紫野大徳寺町92
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/daikoin/

大徳寺塔頭の御朱印⑩:雲林院

雲林院うんりんいんは平安時代初期、第53代・淳和天皇が、狩猟場となっていた紫野に離宮「紫野院」を造営。後に寺院に改められました。

大徳寺より歴史が境外塔頭です。
拝観料不要で参拝することが可能。

大徳寺塔頭の御朱印

住所
京都市北区紫野雲林院町23
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/unrinin/



大徳寺周辺の神社の御朱印①:今宮神社

今宮神社いまみやじんじゃは正暦5年(994)、疫病を神様の力で鎮めようと、朝廷が2基の神輿を造り、船岡山に「疫神」を祀って御霊会ごりょうえを行ったのが起こり。

門前菓子の「あぶり餅」がめちゃくちゃ美味しいので、参拝の際はぜひ食べてみて下さい。

今宮神社の御朱印

住所
京都市北区紫野今宮町21
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/imamiya-jinja/

大徳寺周辺の神社の御朱印②:建勲神社

建勲神社たけいさおじんじゃは明治2年(1869)、天下統一や朝議復興を進めた織田信長を讃えるため、明治天皇によって創建。

建勲の正しい読み方は「たけいさお」ですが、一般的に「けんくん」と呼ばれています。
織田信長や刀剣「へし切長谷部」関連の御朱印が複数あります。

建勲神社の御朱印

住所
京都市北区紫野北舟岡町49
詳細記事https://gosyuin-kyoto.com/kenkunjinja/
ABOUT ME
nobo
休日に自転車で京都を走り回り、御朱印を拝受しています。 御朱印を初めて頂いたのは2017年4月で、御朱印きっかけで神社仏閣によく行くようになりました。